介護ブログ

母編22《ファインダー越しの、エネルギーチャージ。》

 

今思い返すと、よく気力体力がもったなぁという生活をしていた。

緊急引継ぎした家業の、手書き資料 数十年分を読み返しながら、コツコツとデータ化。

建て替え計画の打ち合せを進め、夕方はほぼ毎日母の面会へ。

身体や頭は疲れているのに、気が張りっぱなしで寝付けない夜も続いた。

 

「下手の横好き」で、一眼レフ撮りを趣味としていた当時。

ラジオパーソナリティを務める友人が居り、

彼女が受け持つエンターテイナー紹介番組の、HP&ブログ用撮影をしていた。

母の末期癌ケアと家業の緊急引き継ぎの同時進行が始まった旨を、

パーソナリティ達とチーフディレクターに話せば。

「無理ない範囲の参加でOK。」

との有難い配慮を頂いて、取材撮影やゲストトーク撮影を続けさせて頂いた。

 

エンターテイナーやクリエイターの紹介を中心にした、情報発信番組。

取材先も様々だった。

劇団四季やシルク・ド・ソレイユのステージも、

ドキドキしながら撮影させて頂いた。

役者さん方が繰り広げる世界に引き込まれ、コミカルな演技に笑い、

神技の一言に尽きるパフォーマンスに、あんぐりと口を開けて見入った。

その時だけは、息詰まる様な辛さも苦しさも、紛らわせる事ができた。

 

スタジオゲストの方々からも、たくさんのパワーを頂いた。

ステージ、音楽、デザイン等々。

「人を楽しませるモノを産み出したい。」

という強い意志の元、それぞれの道を進み続けている方々のトークは、

言葉に力が有り、重みが有り、暖かみがあった。

 

時に笑いながら、時に深く頷き共感しながら、

時にそんな世界もあるのかと驚きながら、

スタジオゲストの方々の言葉に耳を傾けた。

ファインダー越しに見ていると、その方にとって

忘れ難い経験や大切な想いを語る時、表情がとても輝く。

ハッとするような和らいだ笑みを湛(たた)えたり、

引き込まれるような真摯な眼差しをしたり。

その一瞬をカメラに捉えられた時の嬉しさは、何にも変えがたい。

以前は、人物撮りに苦手意識があったのだが。

「キターっ!(≧∇≦)」な表情を捉え撮る事に、喜びを覚えるようになっていた。

 

スタジオトークの締め括りとして

「その道を目指している・また目指したいと思うリスナーへのメッセージ」

を、ゲストから頂く様にしていた。

その道のプロとして活躍している方々が、

それぞれの経験を元に伝えてくれるメッセージには、分野は違えど共通点があった。

 

「動かなければ、何も始まらないし変わらない。」

 

「自分が動かなければ、何も変わらない。

 目指すものがあるなら、とにかく動いた方がいい。」

 

「失敗してなんぼ。

 経験を積まなければ、成功も失敗もわからない。」

 

「疲れた時は、きちんと休む。

 心も体も落ち着けば、また動けるようになる。」

 

「自分から発信することが重要。

 やりたい事や求めるものを言葉や形にすることで、拓ける道もある。」

 

「全く変わらないものは無い。

 変化を良いものにするか、良くないものにするかは、自分次第。」

 

特に印象的だった、メッセージの数々。

精神カウンセラーから向けられた言葉より、心に強く響いたのは。

語られる言葉に、その方の経験から得た想いが、込められていたからかもしれない。

自分で道を切り開き続けている方々が発するパワーは、

ハンパじゃない事をつくづく実感した。

今思うのは、母の末期癌ケア、家業引き継ぎ、建て替え計画の

同時進行をしていたあの時、もし番組のカメラ撮影をしていなかったら。

息を抜く場所も、パワフルな方々からのエネルギーチャージをさせて頂く機会も無く、

心が折れて精神を病んでいたかもしれない、という事。

 

 

優しく頼もしかった、「親としての母」への思慕。

遺され背負わざるえないものの、多さと重責感。

あまりに日より見的でずさんだった、「事業主としての母」への怒りや恨み。

母親を喪う日が近い事への、哀しみや苦しさ。

相反する想いの狭間で、もがいていた。

双肩にのし掛かる重みに、潰れてしまいそうだった。

そんな時に触れた、力に充ちた言葉の数々。

ステージ上で眼にした、心を奪われる技の数々。

 

「人間って、努力次第でここまで出来るんだ。

だったら自分も、もう少し頑張ってみよう。」

 

そうした思いが、当時の自分を支える一端となっていた。

 

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