介護ブログ

母編29《最期の会話、全身全霊の頼み事。》

私が生まれるずっと前。 母&叔母達3姉妹が、まだ学生だった頃。

母方祖父が戦時中の頚椎損傷により、若くして働けなくなった事で。

家族を養うためにと自宅隣りの畑を潰し、建てた小さなアパートが、

一家全員の生計を賄う「家業」となった。

 

2011年当時の家業は、母が運営者、母方祖母(現在の養母①)はその前任者。

外で働いていた父は、家業の内情を、母や祖母ほど理解しておらず。

そうした状況下で、老朽化+外来種白アリの甚大な侵食

+東日本大震災による損害のトリプリパンチを受けた、自宅&隣接アパート。

双方共に、震災後の建物診断で、構造上の問題が発覚し、

緊急建て替えをせざる得なくなった。

 

そうした変換期に、運営者&ケアキーパーソンを兼任していた母が、

10年ほど抱えていた癌の末期を迎えた事で。

OLや販売員をしつつの独り暮し生活から一転、

業と高齢家族達を担う立場になった、一人っ子の私。

知識ゼロ・準備ゼロ状態で急遽スタートした、

家業引継ぎと建替え計画、母の末期癌ケアとの同時進行は、

結構なハードさだった。

 

 

厳しい残暑が続いた、2011年9月。

母のホスピス入院も、3ヶ月近くが経とうとしていた。

 

社会へ出てからずっと《司令塔の下で働く》立場だったのが突然、

《司令塔無し。自分の全責任において熟考・選択し、決断する。》立場へ。

重篤化した母がホスピス入院し、家業に傾ける時間が増えた分、

これまでに無いプレッシャーやストレスも増幅した。

 

刻一刻と、《旅立ち》が近付いていた母。

「心臓が弱って、止まるのが先か。

癌性創傷が動脈へ達し、失血死するのが先か。」

そんな《旅立ち見込み》を医師から言い渡されていた中、

いつ容態急変連絡が入るかわからず。

仕事中も就寝中も携帯電話が手放せず、気が張り詰め通しだった。

 

母の右脚付け根に広がり続ける、皮膚転移。

癌性創傷から漂う腐臭は、日を追う毎に強まっていた。

癌傷をカバーする「モーズペースト」でも、匂いが防ぎきれなくなっていた。

面会へ行くと真っ先に、癌傷から出血していないか、右脚付け根を確認。

出血が無い事を確かめ、ホッとしてから。

話す事も、目を開ける事すらも出来無くなった母へ、

《一方通行おしゃべり》を続けていた。

 

 

父も毎日、足繁く面会しに行っていたが。

その帰りには必ず、飲酒していた。

肝硬変と糖尿病を持っていると、母から聞いており。

何度止めても、「飲まずにいられないんだ!」と、

鬼気迫る形相で逆ギレされた。

 

もう、お父さんはいいや。

お母さんの事と、家業の事で手一杯。

面倒見切れない。好きにさせておこう。

 

父への失望を隠せないまま、母の末期ケアに集中した。

聴覚は生きているだろう母に、不安を増させる様な事は

語りかけるまいと、心掛けていたが。

癌に蝕まれた骨が砕け、明らかに陥没し続けて行く、右の向こう脛や。

鎮痛剤で深く眠らされて尚、眉間に深いシワを寄せ、

苦痛の表情で呻く母の姿を目にする度、心の中で叫び訴えていた。

 

「お母さん。こんなに苦しんでまで、生きてほしくないよ。」

「お祖父ちゃん(母の実父)。お願いだから、早く迎えに来てあげて!」

ここまで酷い状態になっても、安楽死が許されないなんて・・・!」

 

もう《死》でしか、母の辛苦を取り除けないのだと、

医療の素人目にもわかっていた。

細く萎びた母の首筋に、手を伸ばし掛けた事もある。

 

これ以上、苦しませたくない。

身体中を壊されて行く母の姿を、

呻きながら苦痛に歪む表情を、見ていたくない。

けれど本当は、生きていてほしい。喪いたくない。

 

相反する思いに挟まれて、衝動的に自分の頭や腕をひたすら掻きむしり、

回診に訪れた看護師さんに慌てて止められた事もある。

母のお見送り後、「介護殺人」という言葉に初めて触れた時。

首筋へ手を伸ばし掛けた心情を鮮明に思い出し、他人事では無いと痛感した。

 

 

9月も半ばに差し掛かった、ある日の面会時。

病室で洗濯物整理をしていると、掠れきった母の声が、

私の名を2度呼んだ。

母とはもう言葉を交せずに、《お見送り》するのだろうと、

覚悟していた矢先の事。

 

「ここに居るよ。」

驚いて枕元へ駆け寄り応えれば、手が震えながら持ち上がり、

物凄い力で、腕を掴まれた。

苦痛を宿した表情で、目をきつく閉ざしたまま、

掠れきった声で告げられた。

 

「引っ張ってって、あげてね。

皆のこと、引っ張ってってあげてね。」

 

《皆》とは言わずと知れた、父・母方祖母・母方叔母のこと。

母からの、最期の願いだと感じ取れた。

旅立つ母に代わり、遺される家族を引っ張ってくれと、

頼まれてしまった。 家業運営も含めて。

 

衰弱しきった母の何処に、こんな力が残っていたのかと思う程。

強く強く、しがみ付かれた。

痛い位に腕を掴む、萎びて冷えきった手。

その手を、振り解きたかった。

冗談じゃないと、叫びたかった。

それは父に頼めと、怒鳴りたかったが。

 

 

「大丈夫だよ。心配しなくていいからね。」

 

渾身の力ですがり付く手を、母からの最期の願いを、

振り解き拒絶する事は、出来なかった。

私の応えが、耳へ届いたのかもしれない。

ふいに手から力が抜け、腕から離れた。

 

 

「ズルいよね。こんな状況で頼まれたら、断れないよ。」

 

触れても呼び掛けても反応を返さず、時折呻くだけの姿へ戻った母に、

苦笑混じりでそう告げた。

思い掛けない、最期の会話。

会話と言うより、どこまでも一方的な。

けれども、全身全霊の頼まれ事。

 

そうとわかって尚、断る事は出来ない。

あの時、母は少しでも、安心してくれただろうか。

 

目を開ける力も無い状態で、心底からの願いを、

渾身の力で伝えて来た、掠れきった声と。

私の腕を必死に掴んで来た手の感覚は、今尚忘れられずにいる。

一つ、欲を言えば。

母の目をもう一度見ながら、最期の言葉を交わしたかった。

 

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