介護ブログ

母編30《呼吸が止まった日。》

2011年9月中旬。

ホスピスから、母の血圧が低下したとの連絡が入った。

父と共に駆けつけると、既に持ち直し安定しており。

ホッとしつつも、父はホスピスの《家族室》で、一晩泊まることにした。

 

当時、コミュニティラジオ局で友人がパーソナリティを務める、

エンターテイナー紹介番組HP用の撮影を担当していた。

過去記事リンク「ファインダー越しのエネルギーチャージ。」

その夜は、スタジオトーク撮影があり、

番組側へ事情を話して断ろうとしたけれど。

父もホスピス側も大丈夫だと言ってくれたのに甘えて、

予定通り夜は、撮影に向かった。

 

 

東京の自宅と、一人暮らしの西東京アパートを、行き来していた当時。

撮影完了後、久しぶりに西東京のアパートへ帰宅したのは、23時近く。

お風呂で疲れを癒し、そろそろ休もうと思っていた、深夜1時を回った頃。

 

携帯電話が、鳴った。

メール受信ではなく、電話着信のメロディ。

心臓が、ドクリと脈打った。

嫌な予感程、的中するのは何故だろう。

ホスピスからの、母の訃報だった。

 

「夜分に申し訳ありません。

お母様の呼吸が、止まりました。」

 

自分の呼吸も、一瞬止まった 。

 

「母が・・・亡くなったんですか・・・?」

「はい、10分程前に。残念ですが・・・。

これから、こちらへ来られますか?」

「すぐに向かいます。

あの・・・心配されていた、癌性創傷の大出血は・・・。」

「ありませんでしたよ。

見回りでお部屋に行った矢先、一つ深い息を吐かれてから、

とても静かに亡くなられました。 気をつけて、おいで下さいね。」

 

涙がこぼれたのは、電話を切ってからだった。

身支度しながら、友人の一人へ連絡。

 

「はぃよ。どした?」

夜更かし型の友人は、すぐに応答した。

深夜に電話する事がない私が、突然連絡した事で、

何かあったと勘付いたらしく、開口一番そう訊ねてきた。

 

 

「母が・・・。」

それ以上は、言葉にできなかったけど。

事情を知る友人は、察してくれた。

 

「お母さん、旅立ったの?」

「うん・・・つい、さっき。病院から、連絡来た。」

「そっか・・・。お父さんは?」

「今夜はホスピス泊まりしてたから、もう向こうにいる。」

「これから向かうんでしょ? 一人で行ける?」

「大丈夫、タクシーで行くよ。」

 

話している内に、少し落ち着けた。 

母の余命宣告を受け、気持ちが荒れていた時や、

精神的に追い詰められていた時、彼女には随分と助けられていた。

 

「お見送り、できなかった。

あっという間に呼吸が止まって、

夜勤の看護師さんしか看取れなかったんだって。

父がすぐ近くの部屋で休んでたんだけど、間に合わなかったみたい。

独りで、逝っちゃった。」

 

看護師さんから聞かされた最後を語る内、

再び涙が溢れて止まらなくなった。

 

「あなたがしっかりしてるし、

もう大丈夫だと安心して、旅立たれたんじゃないの?

顔洗って落ち着いたら、お母さんのお見送りしておいでね。」

 

友人の声に背中を押され、母を見送る覚悟を決めた。

葬儀やら何やらで暫く戻れないだろうと踏んで、

換気扇を回し、生鮮品は冷凍庫に放り込んで、アパートを出た。

 

 

 

タクシーで深夜の道をホスピスへと向かう中、もう一人の友人へメール。

 

「遅くにごめんね、まだ起きてる? 

緊急で、伝えたい事があるんだ。」


夜更かし2号な友人は、小学生時代からの幼馴染み。

すぐさま、電話してきてくれた。

 

「起きてるよ。どうしたの?」

「母、旅立っちゃった。」

 

絶句した気配が、伝わってきた。

 

「・・・いつ?」

「ついさっき。今、ホスピスへ向かってるところ。」

「参列するから。
おば様のお見送り、一緒にさせてね。」

 

親しいメンバーに連絡を回すと申し出てくれた、幼馴染みの友人。

優しい声での思いやりに、また涙が出た。

 

ホスピスに着いたのは、深夜3時近く。

タクシードライバーさんが、降車時にキャンディを幾つかくれた。

「よろしければ、どうぞ。

少しでも落ち着かれたら、甘いもので一息ついて下さい。」

有り難く、頂戴した。

初対面の人からの労りが、身に沁みた。

 

月が、とても明るい夜だった。

桜の大木に囲まれたホスピスへの入院日、予感した事が現実となった。

「ここの桜、母とは多分、愛でられない。」

 

すっかり顔馴染みになった警備員さんへ、挨拶して。

静まり返った院内を一人、母の元へと向かった。

足を踏み入れた病室は、エアコンがガンガンに効いていた。

震え上がる位に、冷やされていた。

9月半ばの、蒸し暑い夜。

母の状態を《保つ》ためだとわかり、本当に旅立ってしまった事を実感した。

 

 

泣き腫らした眼の父と交替して、母の傍らに立った。

いつもと変わらない寝顔。

反射的に目をやった胸元は、動きを止めていた。

触れた頬は、まだ柔らかくて温かみもあるのに。

少し開かれた唇はどんなに確かめても、呼吸を完全に止めていた。

 

本当に独りで、旅立っちゃったんだね。

でも大出血は免れたんだし、もう痛くないよね。

お祖父ちゃん、迎えに来てくれたのかな?

よかったね。お疲れさま。

 

そう思った、瞬間。

堰を切った様に、涙が溢れ出た。

哀しいのと、苦しいのと、ホッとしたのと。

《母親》への愛情と、思慕と。

家業と家族ケアの全てを丸投げして行く《要》への、恨めしさと。

様々な感情が入り交じり、心はグチャグチャだった。

 

それでも頭は、冷静に動いていて。

駆け付けていた主治医と、母を看取ってくれた看護師さんにお礼を告げ、

母の迎え入れ準備をするため、父に一度家へ戻るよう、指示を出していた。

その間、まだ温もりを宿している母に、少しでも長く触れていたくて。

ひたすらひたすら、母の頬を撫でていた。

 

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