介護ブログ

母編8《無準備、無知でいた事への反省。》

 

一般的な痛み止めが効かない母に処方された、オキノームとオキシコンチン。

強い痛みがある癌患者に渡される鎮痛剤で、

効かなくなるたびにレベルが上げられるが、それにも限界がある。

 

子宮頸癌を発病してから約10年、母が通っていた癌研究会病院。

急性期治療病院につき、治療の手段が無くなれば、看てもらえなくなる場所。

治療不可に伴い入院は認められず、院内の「緩和ケア科」を紹介された。

今後の相談に乗ってもらえるという事で、医療支援センターの予約も入れた。

 

こんなに早く、こんなに急に、嵐が来るとは想像だにしていなかったから。

本当に、途方に暮れていた。

母が末期癌である事実を知った父は、肝硬変でありながら、

不安を持て余しヤケを起こして酒に逃げ、頼りにならなかった。

兄弟姉妹もいない、一人っ子独り身。

自分一人で乗り切るより、他なかった。

 

 

主治医に紹介された、院内の緩和ケア科。

説明を聞けば「ホスピス機能」は無く、普通病棟と同じ。

最長3ヶ月までしか、受け入れてもらえない。(2011年当時)

 

病床に空きがあれば延長可能、と言われたが。

当時の緩和ケア科の「空き」は、数ヶ月待ちの状態。

入院出来たとしても、3ヶ月経てば出されてしまう。

おまけに入院費も、半端ない高額 (>_<;)

あらゆる意味で、癌研究会病院の緩和ケア科は、無理だった。

「急性期治療病院」を始めとする、病院の種類と役割も、

「ホスピス」がどのような機関なのかという事も、この時初めて知る事になった。

 

院内の医療支援センターへ、相談しに行った。

どうすれば良いかわからない現状への、具体的なアドバイスを求めたものの。

ホスピス一覧表を渡され、

「在宅ケアか、ホスピス入院か。2つに1つです。」

と言われて、相談終了。

 

1週間の相談予約待ちをし、相談時間5分程。

与えられた情報は、ホスピス一覧表のみ。

当時は、「1週間待って、この程度の回答か。」

と腹立たしく感じたけれど。

今思えば、癌という進行性の病気を抱える母を持ちながら、

無準備・無知でい続けた私にも、非はあった。

 

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