介護ブログ

母編10《サポートの有り難さ、事実を隠す苦痛。》

 

母の右脚付け根に広がり続ける、癌の皮膚転移。

激痛と出血を伴いながら、皮膚を急速に侵食していく癌性創傷の影響で、

身体を横たえる事すら出来なくなった。

ベッド上に身を起こして、脚を投げ出す姿勢で一日を過ごし。

眠る時もそのままウトウトしては、痛みで目を覚ます事の繰り返し。

 

ベッド脇にポータブルトイレを置き、用を足す時は、父と私の2人で介助。

ベッドから降りて、数歩の距離にあるトイレでも。

パンパンに腫れ上がり熱を持った右脚を庇い、

激痛をこらえながらの移動は、片道で数分掛かり。

移動中に癌傷から大量出血し、慌てふためいた事もある。

オムツ提案もあったが、脚の付け根に広がり続ける癌傷に障るため、やむなく断念。

 

当時、63歳だった母。

「要介護認定」を受けられる年齢では、なかったけど。

(「要介護認定」の申請可能年齢は、満65歳以上。)

末期癌だった事で、「特定疾病の特例」が適用された。

 

認定の申請〜判定までおよそ、1ヶ月〜2ヶ月掛かるが。

かなりの重篤症状と介護の緊急性を考慮され、

申請から10日ほどで「要介護4」の認定を受けた。

 

申請直後から利用できる 「みなしサービス」を使えたおかげで、

母の在宅介護に必要な準備を、スムーズに進められた。

※みなしサービス

 → 介護ブログ「みなしサービスを知ろう(リンク)参照。

 

今でも感謝している、この時お世話になったケアマネさんや、介護用品店の方々。

あの方々のサポートや思いやりに、どれだけ救われたかわからない。

 

 

末期癌宣告を受け、急速に症状進行し続ける中、母は。

 

「他の皆(同居していた、母方祖母と母方叔母)には、

 もう治療できなくなった事を言わないで。」

 

と事実を隠そうとし、父もそれに賛同した。

祖母(母の実母)は心臓疾患があり発作を起こしやすく、

叔母(母の実妹)は精神不安定が今より更に酷く、パニックを起こしやすい。

確かに、伝え難い相手ではあった。

 

母を寝かせていた両親の部屋へ、祖母と叔母を立ち入らせず。

口止めされるまま、事実を二人に伏せた。

もう、誤魔化せる状況ではないのに。

あの時は私の判断力も思考力も、鈍くおかしくなっていた。

 

「お前のお母さん、大丈夫なのかい?」

「少しは良くなっている?」

 

そう聞かれる度、「心配ないよ。」と。

事実とは正反対の返答を、しなければいけない辛さを。

母にも父にも、汲んで欲しかった。

 

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