介護ブログ

母編13《末期癌患者と、急性期治療病院の対応。》

 

面談したホスピスから、掛り付けである癌研究会病院の

「診療情報提供書」を送って下さい、と指示を受け。

すぐ癌研の担当医へ連絡し、手配してもらった。

癌研の緩和ケア科へ、申し込みだけはしてあったが。

2ヶ月待ちの見込みと言われ、ホスピスに入れるのならその方が良いと、

担当医からも勧められた。

 

在宅介護手配やホスピス探しを取り急ぎしている間、

「鎮痛剤の調整と、緩和ケア科への移籍準備」という名目で、

癌研に2週間の入院をさせてもらっていた母。

ホスピス面談の翌日、面会しに行き目に入ったのは、

ベッドから半ば落ちかけている母の姿。

慌てて身を引き上げ話を聞けば、ナースコールが手元から離れてしまい、

鎮痛剤をもらいたくてもコール出来ず、声を上げても気付いてもらえず。

何とかして、ナースコールを手繰り寄せようとしている内に、

ベッドから落ちかけ自力で戻れなくなったのだ、との事。

 

日に日に鎮痛剤が効かなくなり、激痛に呻き続ける母は、

ナースステーション向い側の緊急処置室に、個室状態で入院していた。

その日私が到着したのは、夕食時間の少し前。

ナースコールが母の手元を離れてしまったのは、昼下がり。

緊急処置室のドアは、「見守りのために」と開け放たれ、

看護師さんが室内を覗き込めば、母のSOSに気付ける至近距離。

昼下がりから夕方までの数時間、目と鼻の先に看護師さん達がいる状況で。

数時間もの間、激痛をこらえながらの呼び声を拾ってもらえず、

ベッドから落ち掛けていた事にも気付かれずにいた事に対し、

例え様のない怒りが沸き上がった。

 

 

急性期治療不可となった容態の母に、病院が施せる処置はごくわずか。

2週間の入院も、切羽詰まった状況を考慮した、最後の特別対処。

感謝、しなくてはいけない。

急性期治療の効果が見られる入院患者さんは、他にも大勢いるし、

看護師さん達は少ない人員でフル稼働している。

治療不可とされ、特別措置で入院している末期患者一人に、

時間を割いてはいられないのだろう。

そうした状況をアタマでは理解できても、ココロがついて来なかった。

 

ナースコールを手繰り寄せようと動いた事で、

皮膚転移し右脚付け根に広がり続けていた、癌傷が破れて出血。

看護師さんを呼んで、怒りを抑えながら状況説明し、

止血処置と鎮痛剤処方をしてもらって、ようやく人心地着いた。

この時初めて、「身体が震えるほどの怒り」というものを経験した。

同時に、心底からの怒りに駆られた時、激昂するのを通り越して冷静になり、

冷ややかな感情に満たされて、全身が冷え切る事も、この時初めて知った。

 

出血が止まり、浅い眠りについた母を見届けて。

医師や看護師からの謝罪を受け、帰宅したものの。

極度の緊張と怒りで冷えきった身体は、入浴してもなかなか温まらず。

蒸し暑い夜だというのに寒気で震えながら、羽布団を出して潜り込んだ。

心身共に疲れ切っているはずなのに、気が立っていたのか

眠気がなかなか訪れず、明け方にようやく微睡めた。

感情の波と身体機能が連動している事を、肌身で痛感した思い出。

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