介護ブログ

母編16《カオスの中での、ターミナル(終末期)ケア。》

 

危うい経営状況の家業。

問題山積みかつ、複雑な家庭状況。

(アメブロ参照(リンク)→「見守り同居人のメンタルケア。」

 

精神不安定が今(2017年)よりも酷かった、

同居家族の母方叔母1・カツ子さん。

母が中心になり看て来た、心臓疾患持ちな母方祖母フネさんの先々を、

担う立場にある母の実妹達(叔母1カツ子さん、叔母2ワカメさん)は、

2人揃って精神疾患持ち。

特に「叔母2・ワカメさん」は、根深い母娘トラブルがあるらしく、

徒歩10分の距離に住みながら、心臓疾患持ちな実母(フネさん)に

背を向け、我関せずの介護放棄状態。

そうしたカオス状況の中で始まった、末期癌な母の在宅ターミナル(終末期)ケア。

 

一人っ子として家業運営や、病身&高齢家族達のケアを担う日が、

いずれ訪れる事の認識はあった。

それでも、問題の一つ一つがあまりに大きく重く、

否が応でも背負わざる得ないそれらに、随分思い悩んだ。

赤字続きの家業にしても、酷い精神不安定の母方叔母1・カツ子さんにしても、

流されるまま何の改善もして来なかった、両親と母方祖母。

 

「いずれ後継する私に、家業と叔母1を丸投げし、尻拭いさせるのか」

とマジ切れした私に、母と父が

「ちゃんと先々を考えて対策する」と約束をしてから2年後。

末期を迎えた母のケアで急遽、実家帰りをした時、

家業も叔母1の様子も、状況は何一つ改善していないと知れた。

何かしら努力した形跡も見えず両親へ問えば、

「日々流されるまま」だった事が知らされた。

 

終末期を迎えて急性期治療病院(癌研)を出され、

本格的な在宅介護が始まってから。

母が意識を保てている時に、父も同席させて、二人を詰(なじ)った。

実家を離れ独立生活していた10年の間、あれほど何度も訴えて、

両親揃って「約束」をしておきながら、何一つ変わっていない。

それどころか放置し続けた事で、状況が悪くさえなっている。

私一人に、何もかもを押し付けて。

尻拭いは任せたとばかりに、逝くのかと。

 

 

母が家業運営者ではなく一介の主婦で、父が後継ぎだったのなら、

あんな怒りや恨みはきっと、一生抱かずに済んだ。

祖父亡き後、必死になって家業を継いできた母。

けれども、あまりにも。 運営者としての自覚が、甘かった。

父は父で、わからないなりに協力しようという気が、あまりにも薄かった。

癌の進行にしても、「治療」が効かなくなり裏目に出始めた時点で、

正直に現状を告げ、引き継ぎを始めてくれていれば、もう少しは楽だったのに。

 

あれから6年が経つ2017年の今でこそ、

思考や行動の妨げとなる怒りや恨みは無用のモノ、

と自身に言い聞かせ、感情の手綱を握りながら、

現状を受け止め改善を図るコツが、どうにか掴めて来たけれど。

日に日に急速悪化し続ける末期癌の母、沈没しかけの赤字家業、

持病持ちの高齢者家族 複数名を、突如として単身担うコトになった当時は。

遣り場の無い怒りや、先が見えずどうしたら良いかわからない事への

不安や恐れ等で、眠れない日が続く毎日となっていた。

 

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